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【阿弥陀仏の四十八願とは】
四十八願とは、法蔵菩薩(後の阿弥陀仏)が、すべての衆生を救うために建てられた四十八の誓願である。『無量寿経』に説かれている。
法蔵菩薩は、世自在王仏のもとで修行し、五劫という長い時間をかけて思惟し、この四十八の願を発された。そして兆載永劫という永い間、願を成就するための修行を積まれ、ついに阿弥陀仏となられた。
四十八願の中でも特に重要なのが、第十八願「念仏往生願」である。親鸞聖人は、この第十八願を「本願」「王本願」と呼び、すべての衆生を救う阿弥陀仏の根本の願いであるとされた。
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【第一願 無三悪趣願】
設い我れ仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土に地獄・餓鬼・畜生の三悪道がないようにしよう。もしあるならば、仏にはならない。
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【第二願 不更悪趣願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、寿終わりて後、また三悪道に堕せんものあらば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、命終わった後、再び三悪道に堕ちることがないようにしよう。もし堕ちるならば、仏にはならない。
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【第三願 悉皆金色願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、ことごとく真金色ならずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、すべて金色の身体となるようにしよう。もしそうでなければ、仏にはならない。
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【第四願 無有好醜願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、形色不同にして、好醜あらば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々の姿形に、美醜の差別がないようにしよう。もし差別があるならば、仏にはならない。
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【第五願 宿命通願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、宿命を知らざること、百千億那由他諸仏の国の事を下らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、過去世のことを知る力を得るようにしよう。
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【第六願 天眼通願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、天眼を得ざること、百千億那由他諸仏の国を見ること下らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、天眼を得て、すべてを見通す力を得るようにしよう。
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【第七願 天耳通願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、天耳を得ざること、百千億那由他諸仏の所説を聞きて、ことごとく受持せずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、天耳を得て、すべてを聞く力を得るようにしよう。
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【第八願 他心通願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、他心を知らざること、百千億那由他諸仏の国の中の衆生の心念を下らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、他者の心を知る力を得るようにしよう。
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【第九願 神足通願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、神足を得ざること、一念の頃に百千億那由他諸仏の国を過ぎずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、自在に移動する神通力を得るようにしよう。
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【第十願 不貪計身願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、もし身を計りて貪著の心を生ぜば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、自分の身体に執着する心を起こさないようにしよう。
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【第十一願 住正定聚願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、定聚に住して、必ず滅度に至らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、必ず悟りを得る位に住し、必ず涅槃に至るようにしよう。
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【第十二願 光明無量願】
設い我れ仏を得んに、光明、よく限量ありて、下百千億那由他諸仏の国を照らさずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の光明が限りなく、あらゆる世界を照らすようにしよう。
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【第十三願 寿命無量願】
設い我れ仏を得んに、寿命、よく限量ありて、下百千億那由他劫ならずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の寿命が限りなく永遠であるようにしよう。
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【第十四願 声聞無量願】
設い我れ仏を得んに、国の中の声聞、よく計量ありて、下三千大千世界の声聞・縁覚、百千劫においてことごとく計校して、その数を知らば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の聖者の数が無量であるようにしよう。
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【第十五願 眷属長寿願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、寿命、よく限量なし。ただ本願によりて長短自在ならんとすることを除く。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々の寿命が限りないようにしよう。
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【第十六願 無諸不善願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、乃至不善の名を聞かずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土には悪の名すら存在しないようにしよう。
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【第十七願 諸仏称名願】
設い我れ仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して我が名を称せずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、十方世界のすべての仏が、私の名を讃嘆するようにしよう。
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【第十八願 念仏往生願】(本願・王本願)
設い我れ仏を得んに、十方の衆生、至心信楽して我が国に生まれんと欲して、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とを除く。
(意味)私が仏になるとき、十方世界のすべての衆生が、まごころから信じ喜んで私の国に生まれたいと願い、わずか十回でも念仏すれば、必ず往生させよう。もし往生できないならば、私は仏にはならない。ただし、五逆罪を犯し、正法を誹謗する者は除く。
【親鸞聖人による解釈】
親鸞聖人は、この第十八願を阿弥陀仏の根本の願いとして特に重視された。「至心信楽欲生我国」の信心こそが往生の正因であり、この信心は阿弥陀仏より賜るものであると明かされた。
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【第十九願 臨終来迎願】
設い我れ仏を得んに、十方の衆生、菩提心を発して諸の功徳を修し、至心発願して我が国に生まれんと欲せん。寿終わる時に臨みて、もし大衆と囲繞してその人の前に現ぜずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、菩提心を起こして功徳を修め、私の国に生まれたいと願う衆生の臨終に、私と聖衆が現れて迎えよう。
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【第二十願 繋念定生願】
設い我れ仏を得んに、十方の衆生、我が名号を聞きて、念を我が国に繋けて諸の徳本を植え、至心回向して我が国に生まれんと欲せん。果遂せずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名号を聞いて念仏し、功徳を積んで往生を願う者を、必ず往生させよう。
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【第二十一願 具三十二相願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、ことごとく三十二相を具足せずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、仏の三十二相を具えるようにしよう。
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【第二十二願 一生補処願】
設い我れ仏を得んに、他方仏土の諸の菩薩衆、我が国に来生して、ついには必ず一生補処に至らん。各の本願の自在の所化を除く。衆生のために弘誓の鎧を被て、徳本を積み、一切を度し、諸仏の国に遊びて、菩薩の行を修し、十方の諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して、無上正真の道を立てしめん。常倫諸地の行に超出し、現前に普賢の徳を修習せん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土に生まれた菩薩は、すべて一生補処(次に仏となる位)に至るようにしよう。
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【第二十三願 供養諸仏願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、仏の神力を承けて諸仏を供養せん。一食の頃に無量無数不可思議の諸仏の国に至らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、あらゆる仏を供養できるようにしよう。
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【第二十四願 供具如意願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、諸仏の前において、その徳本を現わさんに、諸の求むる所の供養の具、もし意の如くならずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、供養の具を思うがままに得られるようにしよう。
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【第二十五願 説一切智願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、一切智を説くこと能わずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、一切智を説くことができるようにしよう。
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【第二十六願 那羅延身願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、那羅延の身を得ずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、金剛力士のような堅固な身体を得るようにしよう。
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【第二十七願 一切厳浄願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、一切万物、厳浄光麗にして、形色特妙に、窮微極く妙ならん。計り量ること能わじ。その諸の衆生、乃至天眼を得たらんもの、よくその名数を弁了すること能わずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土のすべてが清浄で美しく荘厳されるようにしよう。
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【第二十八願 見道場樹願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、乃至少なき功徳のものも、その道場樹の無量の光色を知見して、高さ四百万里なることを知らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、道場樹の荘厳を見ることができるようにしよう。
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【第二十九願 得弁才智願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、もし経法を受け読み誦し説かんに、弁才智慧を得ずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、経法を読誦し説く弁才と智慧を得るようにしよう。
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【第三十願 弁才無窮願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、智慧弁才もし限量すべくは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩の智慧弁才が限りないようにしよう。
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【第三十一願 国土清浄願】
設い我れ仏を得んに、国土清浄にして、皆ことごとく十方一切の無量無数不可思議の諸仏世界を照見せん。猶お明鏡の面像を暎すが如くならん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土が清浄で、鏡のようにすべての仏国土を映し出すようにしよう。
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【第三十二願 妙香合成願】
設い我れ仏を得んに、自地より以上、虚空に至るまで、宮殿・楼観・池流・華樹、国中に所有らん一切万物、皆無量雑宝・百千種の香をもって共に合成せられて、そのかおり普く十方世界に薫らん。菩薩聞かんもの、皆仏の行を修せん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土のすべてが香りに満ちるようにしよう。
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【第三十三願 光明柔軟願】
設い我れ仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、我が光明を蒙りて、その身に触れんもの、身心柔軟にして、人天に超え勝れん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の光明に触れた者の身心が柔軟になるようにしよう。
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【第三十四願 聞名得忍願】
設い我れ仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、我が名を聞きて、菩薩の無生法忍、諸深総持を得ずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた者が無生法忍を得るようにしよう。
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【第三十五願 女人往生願】
設い我れ仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏世界に、その女人ありて、我が名を聞きて、歓喜信楽して、菩提心を発して、女身を厭悪せん。寿終わりて後、また女像とならば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いて信じ喜ぶ女性が、来世には女性の身を離れるようにしよう。
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【第三十六願 常修梵行願】
設い我れ仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏世界の諸の菩薩衆、我が名を聞きて、寿終わりて後、常に梵行を修して仏道を成ぜん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、常に梵行を修して仏道を成就するようにしよう。
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【第三十七願 人天致敬願】
設い我れ仏を得んに、十方無量不可思議の諸仏世界の諸の人天、我が名を聞きて、五体を地に投げて、稽首礼拝し、歓喜信楽して、菩薩の行を修せん。諸の天人、敬いを致さずといふこと無けん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた人天が敬い喜んで菩薩の行を修するようにしよう。
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【第三十八願 衣服随念願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、衣服を欲すること意に随いて念ずれば、応に法に随いて自然に在らんが如く、もし裁縫・擣染・浣濯すること有らば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が、衣服を念ずればそのまま得られるようにしよう。
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【第三十九願 受楽無染願】
設い我れ仏を得んに、国の中の人天、受くる所の快楽、漏尽比丘の如くならずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の人々が受ける楽しみが、煩悩を断じた聖者のように清浄であるようにしよう。
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【第四十願 見諸仏土願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、随意に十方無量厳浄の仏土を見んと欲せん。応に願に随いて、時に宝樹の中において、皆ことごとく照見せしめん。猶お明鏡にその面像を暎すが如くならん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、望むままにすべての仏国土を見ることができるようにしよう。
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【第四十一願 諸根無闘願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞きて、仏を得るに至るまで諸根闘劣せば、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩の諸根が劣らないようにしよう。
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【第四十二願 清浄解脱願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞かんもの、皆ことごとく清浄解脱三昧を得て、その三昧に住して、一念の頃に無量不可思議の諸仏世尊を供養して、定意を失わじ。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、清浄解脱三昧を得るようにしよう。
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【第四十三願 聞名生処願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞かんもの、寿終わりて後、尊貴の家に生まれん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、来世に尊い家に生まれるようにしよう。
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【第四十四願 具足徳本願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞きて、歓喜踊躍して菩薩の行を修し、諸の徳本を具せん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、歓喜して菩薩行を修し、功徳を具えるようにしよう。
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【第四十五願 普等三昧願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞かんもの、皆ことごとく普等三昧を得て、その三昧に住すること、仏を得るに至るまで常に無量不可思議一切の諸仏を見たてまつらん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、普等三昧を得て常に諸仏を見ることができるようにしよう。
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【第四十六願 随意聞法願】
設い我れ仏を得んに、国の中の菩薩、志願に随いて法を聞かんと欲せん。自然に聞くことを得ん。もししからずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の国土の菩薩が、望むままに法を聞くことができるようにしよう。
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【第四十七願 聞名不退願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞きて、即時に不退転に至らずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、即座に不退転の位に至るようにしよう。
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【第四十八願 得三法忍願】
設い我れ仏を得んに、他方国土の諸の菩薩衆、我が名を聞きて、即時に第一・第二・第三の法忍を得て、諸仏の法において、即時に不退転を得ずは、正覚を取らじ。
(意味)私が仏になるとき、私の名を聞いた菩薩が、即座に三法忍を得て不退転に至るようにしよう。
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【四十八願の意義】
阿弥陀仏の四十八願は、すべての衆生を救わんとする大慈悲心の表明である。これらの願はすべて「もし〜でなければ、仏にはならない」という形で誓われており、阿弥陀仏がすでに成仏されているということは、これらの願がすべて成就されていることを意味する。
親鸞聖人は、第十八願(念仏往生願)を「本願」と呼び、阿弥陀仏の救いの根本であると説かれた。この願により、どのような者も、ただ念仏を称え、信心を得ることによって、必ず浄土に往生できるのである。